2009年06月23日

ブランドは死んだ?

のっけからセックス・ピストルズみたいなタイトルで何ですが(笑)、今日は「ブランド」についての話をします。「ブランド」というと、通常はメーカー、あるいはサービスサプライヤのもの、という認識が一般的だと思います。プロダクトやサービスに付けられた、何らかの象徴的な価値を感じさせる記号、という意味合いですね。

「ブランド」ということがマーケティングの世界でよく語られるテーマになったのは、70年代終盤から80年代のことです。プロダクトやサービスに機能的な差別化が難しくなって、テイストやイメージによる差別化が求められた…という話ですね。記号消費、感性消費、なんて言葉も流行りました。記号論がマーケティングに転用されたのもこの頃です。私は当時、ファッション業界の仕事をしてました。ファッションというのは、短いサイクルで「お洒落」「ダサい(死語?)」がくるくる切り替わる世界ですから、記号消費、感性消費なんてのは当たり前の前提で、どちらかといえばその先が勝負。「ブランド」論の流行については、距離をおいて見ていた記憶があります。

今も、当時の文脈の延長上で、広告会社やビジネスコンサルティング会社が「ブランドがいかに重要であるか」を懇々と説いていますが、どうなんでしょう。80年代当時ならともかく、今の時代に旧態依然の「ブランド」論を聞くのには、強い違和感があります。最近、メーカーやサービスサプライヤがつけている「ブランド」に、消費者が以前ほどの“有難み”を感じなくなってきているんじゃないかと思うんですが…。

“有難み”…というと漠然としてますね。例えば、先日、某社からあるデジタルカメラが発売されました。相当に気合いのはいった商品で、かつてそのメーカーがアナログカメラ時代に発売していた往年の名機の「ブランド」を復活させて冠したもので、私もかつての時代を知る世代として大いに興味をひかれました。ネットではどんな評判になってるんだろう、と思って検索してネット上の口コミを調べてみると、もちろん賞賛の声もあるわけですが、案外クールな、というか醒めた声が多かったんです。曰く、デジタルカメラの中身なんてのはあちこちで調達してきた部品や回路を組み合わせてるだけだろう、と。パソコンと同じアセンブルにすぎない、かつてのカメラメーカーのように、職人的な技術者が一貫した思想で設計・製造したものではない、それに往年の名機の「ブランド」を冠してもなぁ…という意見です。

この感覚は、商品に機能的な差別性が付けにくくなって、記号的な付加価値が求められた…という70年代終盤とはまたちょっと違いますね。メーカーやサービスサプライヤのあり方そのものが、「プロダクション(製造者)」から「アレンジャー(編集者)」に変容した…という感覚です。「唯一無二のオリジナル・プロダクション」による商品なんてどこにもないじゃない…ということを消費者が勘付いてきた。だから、メーカーやサービスサプライヤが「プロダクション(製造者)」という立ち位置から冠した従来型の「ブランド」に“有難み”を感じなくなってきているんだと思います。

そうした状況で「ブランド」というものをどう考えたらいいのでしょう。従来型の「ブランド」の価値が薄れたとは言え、記号的な価値が消費を左右するのは紛れもない事実です。人間は依然としてモノに「意味」を見出して生きる動物ですから…。

大きく変わったのは、その象徴的な価値が発生する“場所”なんじゃないかと思うのです。メーカーやサービスサプライヤが、商品にあらかじめ仕込んだ記号やイメージよりも、実際にモノを買う瞬間=「買い場」での商品との出会い方や「品揃えの文脈」のほうが効くようになったのだ、という考え方です。

例えば、音楽の世界では、一人のアーティストの作家性をアルバムを通して聴く、というよりも、曲単位のコンピレーションで聴く(DJ等の第三者が編纂した楽曲集を聴く、あるいは曲単位のダウンロード)スタイルが一般的になりました。アーティストをメーカー直営店とするならば、コンピレーションはセレクトショップのような位置づけといえるでしょう。つまり、あまりにも意図的に作品化されたシナリオよりも、偶然性も加味した「編集価値」のほうが“有難み”を感じるようになってきているのではないか、ということです。

また、ファッションブランドならば、デザイナーよりも「ファッションディレクター」の方が重視される時代です。良いもの(デザイン)は古今東西の中にいくらでもある中で、一から創造するのではなく、ピックアップ(チョイス)のセンスのある編集者が求められるわけですね。つまり、「引用」や「編集」によって瞬間的に生み出される価値のチカラ。これからの時代に「ブランド」というものが生き続けるのならば、そんな価値の発生の仕方を含めた発想が必要だと思うのです。

私は、流通・小売のマーチャンダイジングを専門にしてきた人間として、WEBを「売りの現場」として捉えることを心がけています。WEBの世界でも、広告会社やビジネスコンサルタントを中心に「ブランディング」が語られる局面が増えてきているようですが、従来の「ブランド」思考を延長しただけの議論では、うまくいかない時代になってきていると思います。

ブランド価値を明文化し、ガイドラインを作って、顧客接点すべてを管理する…というものではなく、「編集」や「引用」を活かして柔軟に多面的に価値を創出していく手法。それはブランドの熱心なファン・固定的な信奉者を囲い込む…というよりは、「ちょっとお気に入り」の客を増やすことに繋がります。消費者の情報量や編集力は、単体ブランドの発信力よりも強くなってしまった。消費者を単一ブランドの枠の中に囲い込むのはもはや無理。そういう状況下では、いわば“アレンジャーとしての賢さ”が要求されるのだと言えそうです。
posted by ヒグチ at 10:21| Comment(167) | TrackBack(0) | 日記

2009年06月10日

シンクエージェント設立の理由

WEBコンサルティング、ECコンサルティングという言葉は、今やすっかりおなじみのものになりました。従来型のビジネスコンサルティング会社、ITベンダー、WEB制作会社、広告代理店など、たくさんのプレイヤーが、ネット領域を対象にしたコンサルティングサービスを謳っています。そうしたコンサルティングサービスを受けたことがある、という企業のご担当者も増えてきているんじゃないでしょうか。

私は、この仕事を始めてもう10年以上になります。実に多くの企業のご担当者にお世話になりましたが、みなさんが口々におっしゃるには、私のコンサルティングは“WEB業界の人っぽくない”、もっと言えば“変わってる”んだそうです。他のWEBコンサルティングサービスを利用した経験が多い方ほどそうおっしゃる傾向が強い。たぶん褒め言葉だろうと受け取っていますが(笑)、どうやら他のWEBコンサルタントとはかなり違ったことを言うやつだなぁ、という印象があるらしいのです。

これはどうも私自身の出自に原因があるんじゃないかと思います。私は、流通・小売のマーチャンダイジングを専門にしてきました。どういうわけか、この世界からネット領域に入ってきた人材が少ない、というか、私の知る限り、ほとんど見当たりません。

WEBコンサルティングというと、どうやって人を大勢サイトに連れてきてアクションさせるか、ということが主題として語られます。バナー広告出稿や検索サイトの最適化(SEO)を行い、リンクをクリックさせて(CTR)、サイトにどれだけたくさんの人を集めてくるか。集まった人をいかに離脱させずにアクションさせるか(CVR)、という発想です。

もちろん、これも重要なことではありますが、流通・小売の売場開発やマーチャンダイジングを専門にしてきた人間からみると、これだけをしてコンサルティングだ、というのには強い違和感をおぼえます。WEBサイトは「広告コミュニケーション」や「DM・チラシ」や「紙の通販カタログ」の単純な代替物ではないのです。リーチをドバっと稼ぐ。稼いだリーチ中、最終段階まで残る人の割合を高める。いわゆるファネル(漏斗)モデルだけを云々するだけでいいんだろうか、と。

私はWEBサイトというのは「店」に近いものじゃないかと思うのです。流通・小売のマーチャンダイザーは、店に入ってきた客をどう動かすか、どうやって何を買わせるか、どう客単価を上げるか、そしてどう再来店させるか、どう長く店と付き合う気にさせるか、ということを商品や情報の構成配置でもって考えていきます。ファネルモデルでは「店」は経営できないんです。ファネルモデルだと、ドバっと来店者を増やすために広告費を積み増すか、売場にPOPを置くか、くらいしか出口がありません。

小売業…特にチェーンストアの世界というのは、そうした諸々の局面について、膨大なノウハウが蓄積されているんですね。この方法を採ればこのくらいの効果が上がる、ということがほぼ計数的に予測可能な世界なんです。棚づくりは、見せ筋商品を目立つところに配置して、売れ筋商品をその横に置くべし。その場合、売れ筋商品は見せ筋商品のだいたい5倍のロットで捌ける…といった具合。「顧客の心理」と「打ち手」と「効果」が、セットになって“定石”になっている。小売のマーチャンダイザーの勝負というのは、チェスや将棋に似ているんです。まず“定石”、その膨大な蓄積を踏まえた上で、そこではじめてアイデアやクリエイティビリティをのせていく。単なる思い付きやその場の閃きでは通用しないのです。

私のコンサルティングが“変わってる”とよく言われるのは、そうした小売業の世界の発想ややり方を下敷きにしていることが原因でしょう。WEBの専門的な話、テクニカルな話よりも、実商売の話…つまりターゲットと顧客心理とそれに対する商品構成や情報の訴求手法、といった議論を主軸に置く。それがWEBやITの世界を出身とする人たちとちょっと違う…ということなんだと思います。

そもそも、紙だろうと放送だろうとネットだろうと、どれもマーケティングの媒体でしかないわけですから、媒体そのものにとらわれすぎた思考は本末転倒です。特に今の時代はツールをめぐる環境変化のスピードが加速していますから、その最先端を追いかけることに意識がいってしまいがち、なおさら注意せねばなりません。コンサルタントが見つめなければならないのは、変わらないもの、コトの本質です。それは、本当の行動マーケティング視点、「人間がどんな気持ちで行動して、なぜモノを買うのか」ということです。媒体によって表層的な行動は影響を受けますが、その本質的な部分は変わらない。特定の媒体を自分のテリトリーにしているコンサルタントは、その媒体のいわば“お作法”に縛られていますが、消費は媒体を“横断”して起こるものです。コンサルタントにはそうした“横断”的でフレキシブルな思考が何より必要だと私は考えます。

そんなこんなで、従来型のコンサルティング会社、ITベンダー、WEB制作会社、広告代理店などからは出てこない独自の付加価値を生みだしたいという思いがあって、2007年にシンクエージェントという会社を立ち上げました。シンクエージェントが掲げている「リアルとネットを包括したクロスファンクショナルファーム」というコンセプトは、そうした問題意識から出たものなのです。
posted by ヒグチ at 11:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記